大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(ネ)3045号 判決

控訴人

有限会社ウォーカー

右代表者代表取締役

松本順郷

右訴訟代理人弁護士

伊達俊二

被控訴人

小坂進

右訴訟代理人弁護士

杉政静夫

主文

一  原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

控訴棄却

二  当事者の主張

次に記載するほか、原判決該当欄記載のとおりである。

1  控訴人

本件営業譲渡(請求原因にいう営業譲渡をいう。)は、正常に行われたものであり、債務の免脱を目的とした会社制度の濫用とみるべきではない。

すなわち、有限会社コロムビア(コロムビア)と控訴人は、資本関係、支配関係を全く異にしている。代表取締役のみならず、本店所在地、商号も別である。両社の営業目的のうち靴の販売が共通しているのは、その営業譲渡を受けたものである以上当然であって、法人格を否認する根拠となるものではない。

そして、本件営業譲渡において、控訴人は、当時現実に発生していたコロムビアの債務を全部引き継いだのであって、債務の免脱を目的としたものでないことは明らかである。金額八〇〇万円の原判決別紙手形目録記載の約束手形(本件手形)は、コロムビアの代表者が大山哲男に預け、後日その返還を求めていたもののうちの一枚であって、本来原因関係を欠くものであり、善意の第三者が現れて、初めて債務が顕在化するものであった。そして、コロムビアの代表者としては、大山から手形の返還を受けることができると信じていたものであり、本件営業譲渡当時、被控訴人の存在も、第三取得者の存在も明らかとなっていなかったのである。本件手形債務が営業譲渡の対象にならなかったのは、そもそも、原因関係がなく、コロムビアの債務として計上されておらず、未だ顕在化していない債務であったためである。

他方、被控訴人は、金融業の免許も有せず、怪しげな金融ブローカーから本件手形を取得したといいながら、コロムビアに対して振出の確認もしていないのであって、対価を支払って取得したとは到底考えられず、実質的に保護すべき利益はないものというべきである。

2  被控訴人

控訴人の主張は争う。

本件営業譲渡は、新旧の経営者の親族関係、屋号、営業の踏襲等からみてまさしく、債務の免脱を目的とする会社制度の濫用そのものに該当する場合である。

また、本件手形は、被控訴人が、一五年来の知人である佐久間一暢に合計六〇〇万円を融資した見返りとして受領したものである。

三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  手形金債権について

次の事実は、当事者間に争いがないか、証拠により認めることができる。

1  被控訴人は、金額八〇〇万円の本件手形(受取人兼第一裏書人株式会社関越興産、同被裏書人兼第二裏書人被控訴人の記載がある。)を所持している(争いない。)。

2  コロムビアは、本件手形を振り出した(甲第一号証の一、原審被告コロムビア代表者松本雄二本人)。

3  本件手形は、支払呈示期間内に支払場所に呈示された(争いない。)。

二  本件営業譲渡に伴う債務承継について

控訴人が、平成五年二月一九日、コロムビアから同社の営むウォーカー靴店の営業を譲り受けた(本件営業譲渡)事実は、当事者間に争いない(その具体的内容は後に認定するとおりである。)。

しかしながら、本件手形債務が、その性質上当然に本件営業譲渡の対象になるものということはできず、かえって、後に認定するとおり、当事者間の合意によれば、本件営業譲渡の対象から除外されていたものである。

三  法人格否認について

1  証拠(甲第一号証の一ないし三、第二ないし一二号証、第一九号証の一ないし五、第二〇号証、乙イ第一号証、第二号証の一、二、第三ないし七号証、乙ロ第一ないし五号証、第六号証の一、二、第七、八号証、当審証人大山哲男、同佐久間一暢、原審被告コロムビア代表者松本雄二本人、控訴人代表者本人[原審及び当審]、被控訴人本人[原審及び当審])及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一)  コロムビアは、昭和二八年一〇月二六日、資本総額を三五〇万円とし、代表取締役に松本雄二を充て、洋品、靴、雑貨の製造販売を目的として設立された有限会社である。その後、コロムビアは、雄二の妻節子、長男順郷及び二男裕郷を取締役に、順郷の子松本剛及び松本麻依を監査役に充て、本店を元麻布に置き、有楽町、西麻布及び神戸に支店を置いて、ウォーカーという屋号で主に靴の販売を行ってきた。なお、順郷、剛及び麻依は、平成五年一月一一日、コロムビアの取締役及び監査役をそれぞれ辞任した。

(二)  控訴人は、平成五年一月一二日、その目的を、靴、カバンほか皮革製品の製造販売等、資本総額を三〇〇万円、その全額を順郷が出資し、自ら代表取締役に就任し、取締役に裕郷を、監査役にその妻志のぶ、剛及び麻依を充て、本店を東京都目黒区に置いて設立された有限会社である。

(三)  雄二は、いわゆるバブル経済の頃、個人ないしコロムビアの名義で金融機関から資金の融資を受け、積極的に不動産投資を行ってきたが、バブル経済の崩壊とともに資金繰りに窮し、これとともにコロムビアの資金繰りも悪化した。

平成四年七月頃、雄二は、所有不動産の賃借人の一人の賃料支払いが滞ったため、その支払いを請求したところ、当該賃借人の知人として交渉に現れた大山哲男から、コロムビアの資金繰りが困難であれば、手形を割り引いてやるので同人に預けるようにと勧誘された。同人は、某政治結社の役員で、経営コンサルタント的立場で行動していた者である。

雄二は、同年九月頃、大山に預けたコロムビアの三〇〇万円の手形がうまく割れたので、すっかり同人を信用し、結局、同年一一月一六日から同年一二月二一日までの間に、金融を得る目的で、満期を翌平成五年二月二二日から同年五月二五日とするコロムビア振出の手形一七通(額面合計九四〇〇万円余り。これは、返還を受けないまま、大山の要求によって更に振り出した手形を含む枚数である。)を順次作成し、大山に預託した。本件手形は、この中の一通である。

(四)  大山は、雄二に対し、これらの手形を友人でいわゆる手形ブローカーの北野晃に交付し、割引を依頼している旨の説明をしたが、受領後相当期間が経過しても、一向に雄二に割引金を交付することがなかった。そこで、雄二は、平成四年一二月三〇日、都内のホテルで大山と会い、同人から、前記手形を預かっていること、割引ができないときは、翌平成五年一月一六日までに返還することを約する旨の念書を徴取した。このとき、順郷は、雄二に同行し、右の交渉の席に同席していたし、後に、雄二からこの念書を見せられたこともある。

(五)  その後、雄二は、大山に対する疑念を深め、弁護士に相談の上、平成五年一月八日、大山に対し、前記手形についての割引委託を取り消し、その返還を要求するとともに、返還のないときは、大山を詐欺罪で捜査機関に告訴する旨を記載した書面を内容証明郵便で送付し、右書面は、同月一一日、大山に配達されたが、大山からは何の返事もなく、また、手形の返還はされなかった。

そこで、雄二は、同年二月一八日、丸の内警察署長に対し、大山に前記手形を詐取された旨の被害届を提出した。

(六)  雄二及び順郷は、平成四年一二月頃、コロムビアの本業であるウォーカー靴店の営業を維持するため、税理士に相談した結果、新会社を設立して、これにウォーカー靴店に関する営業を譲渡し、雄二の不動産投資に関連するコロムビアの債務は新会社に承継させないことを協議した。そして、順郷は、前記のとおりコロムビアの取締役を辞任し、自らの出資で控訴人を設立した。

そこで、平成五年二月一九日、コロムビアは、控訴人に対し、東京本店(有楽町店)、元麻布店及び神戸店におけるウォーカー靴店の営業権を譲渡する本件営業譲渡契約を締結し、右営業を構成する資産(売掛金、商品、造作、車両運搬具、電話加入権、権利金、敷金及び保証金、以上合計六一四七万五七六五円)及び負債(支払手形六四八九万三一四九円及び未払金二六五万〇〇四四円、合計六七五四万三一九三円)を譲渡し、従業員を引き継ぐとともに、右以外の資産及び負債は承継しない旨(したがって、本件手形債務は承継されるものとはされていない。)、また、営業譲渡の対価については別途協議して支払う旨定めた。なお、負債が資産を超過することから、右営業譲渡の対価については、その後支払われていない。

(七)  控訴人は、本件営業譲渡契約の締結後、コロムビアからウォーカー靴店の営業につき、右契約で譲渡された資産のほか、従前の屋号、得意先及び仕入先等を承継し、前記有楽町の店舗において靴の販売業を営むこととなった。

(八)  本件手形の受取人兼第一裏書人欄には株式会社関越興産と記載されている。被控訴人の供述するところによると、本件手形を被控訴人に交付した佐久間一暢(一信とも名乗っていた。)は、かねて関越興産に六〇〇万円を融資しており、その返済として本件手形を受領したと説明したというのであるが、その関越興産なる会社は、本店所在地に登記されていないし、事務所も存在しない。

(九)  被控訴人は、佐久間は新宿区大久保一丁目一〇番一〇号の事務所で不動産業を営んでいると供述するのであるが、佐久間は、暴力団「住吉会住吉一家向後睦会佐久間組」を主宰し、右の住所に「佐久間組事務所」を設けている者である。なお、被控訴人は、右の事務所に出入りしたことを自認している。

(一〇)  本訴第一審の相被告であるコロムビアが、平成五年八月三一日の第一回口頭弁論期日に提出し、被控訴人が受領した答弁書には、被控訴人は本件手形を大山又は関越興産から裏書を受けたとの事実主張があったが、被控訴人は、その後の四回の口頭弁論期日で、これを単に否認するのみで、積極的な事実主張がなかった。そして、コロムビアが同年一一月一六日の第六回口頭弁論期日に提出し、被控訴人が受領した準備書面には、関越興産が実体のない幽霊会社であるとの指摘と、被控訴人が本件手形上の権利を取得したとすれば、その時期、相手方、原因を明らかにするよう釈明を求める旨の記載があった。しかし、被控訴人は、直ちに積極的な事実主張をせず、翌平成六年一月一八日の第九回口頭弁論期日において、ようやく被控訴人名義の陳述書(甲第二号証)を提出したが、その裏付けとして貸金の証書(甲第三、四号証)を提出したのは、さらに遅れて平成六年二月一五日の第一〇回口頭弁論期日であった。

(一一)  佐久間は、前述のとおり、本件手形を関越興産に対する貸金の返済として、平成四年一二月二〇日受領したと述べるのであるが、他方では、手形割引を受けられるかどうかの確認用に関越興産から手形のコピーを取得し、これを被控訴人に送付したとも述べる。そして、本件手形と右のコピーされた手形とは、金額は同じであるが別の手形である。これらの事実からすると、佐久間は、金融ブローカーとしてコロムビア振出の複数の手形を扱っていたものと考えられ、被控訴人は、当時、このことを承知していたものと推認される。そして、佐久間が貸金の返済として本件手形を受領したとの右供述は、虚偽である疑いが濃厚である。

(一二)  被控訴人は、平成四年四月に佐久間に対し、二回にわたり二〇〇万円を貸し付けたと供述し、その証拠として、一回目の貸金の一〇〇万円の証書と称する甲第三号証と、二回目の一〇〇万円の出処としての預金通帳(甲第一九号証の四)を提出する。しかし、二回目の貸金の証書は提出されておらず、貸金というのに利息の約定がなかったというのは理解し難い。そして、信頼できる相手方とは言い難い佐久間が、一回目の貸金の返済ができないでいるのに、被控訴人が担保を徴することもなく二回目の貸付をしたという被控訴人の右の供述も疑問である。結局、被控訴人が真実、平成四年四月に二〇〇万円を貸し付けたと認めるに足る証拠はないものといわなければならない。

(一三)  そして、被控訴人は、平成四年一二月二九日、四〇〇万円を佐久間に貸し付けたと供述し、その証拠として、八〇〇万円の貸金の証書と称する甲第四号証と、三〇〇万円の出処としての預金通帳(甲第一九号証の五、第二〇号証)を提出する。しかし、右の貸金の証書の金額八〇〇万円は、本件手形の金額八〇〇万円とつじつま合せをした疑いが濃厚であり、被控訴人が本件手形を割引いたとか手形貸付をしたといいながら、本件手形に佐久間の裏書がないことも不自然である。これらの事実と、すでに認定した(八)ないし(一二)の事実とを考え併せると、被控訴人が佐久間に対し四〇〇万円を貸し付けたとする被控訴人の供述も疑問であって、その貸付けの事実を認めるには至らない。

(一四)  雄二が大山に交付した前記手形の一部が、コロムビアに割引金の交付のないまま流通し、満期に支払呈示がされたため、コロムビアは平成五年二月二二日及び同月二五日に不渡処分を受け、倒産した。

2 以上の事実関係に基づいて、本件において、いわゆる法人格否認の法理の適用として、控訴人が被控訴人に対して、独立の法人格を主張することが信義則上許されないものと解すべきであるかにつき検討する。

(一) 確かに、前記の事実関係によれば、控訴人は、コロムビアと取締役を同族で構成され、営業目的もほぼ同一であって、営業上の屋号、取引先及び従業員関係、什器備品等を引き継いだものであり、しかも、コロムビアの資金繰りが困難な状況下において設立され、本件営業譲渡を受けたものであり、雄二の不動産投資に関連するコロムビアの債務は控訴人に承継させないことを予定していたものであるから、右の債務の支払いに関しては、債権者に対し独立の法人格を主張して、その支払義務を否定することは信義則上許されないと解する余地のあることは否定できない。

(二) しかしながら、前記の事実関係によれば、本件手形を含む前記手形に関しては、これを預かった大山が、果たしてその説明するように北野晃なる手形ブローカーに交付しているのかを含めて、流通に回った経緯は一切不明というほかなく、また、その見返りの割引金は全くコロムビアに交付されていないのであるから、コロムビア側としては、これらが大山によって詐取されたと認識したことについては、相当の根拠があるというべきである。そうすると、このような債務は、法的には、善意の第三取得者には対抗できないものであるとしても、いずれ顕在化することなく手形が回収されるであろうとの認識のもとに、本件営業譲渡の対象とされた負債から消極的にもせよ除外されたとしても、争う余地のない確定的な債務を積極的に除外した場合と異なり、あながち、強く非難すべきものとは考えられない。

順郷は、本件営業譲渡の際には、本件手形を含め、大山に交付した前記手形の存在は認識していなかったと供述しているが、同人が、雄二と大山との会見に同席し、また、大山の作成した念書を見ていることも前記のとおりであるから、右供述を採用することはできないけれども、前記の証拠及び弁論の全趣旨によると、同人は、本件営業譲渡に際し、本件債務については前記のような認識でいたものと推認することができるものというべきである。

のみならず、被控訴人の本件手形の入手の経過をみると、前記の事実関係によれば、被控訴人が、本件手形がもともと詐取またはこれに準ずる状況で振り出されたものと認識していたものと積極的に認めるのは困難であるにしても、佐久間が被控訴人にしたという関越興産からの入手状況に関する説明は極めて疑問というほかなく、また、被控訴人が佐久間に対してしたという合計六〇〇万円の融資なるものも、被控訴人提出の証拠によっても十分な心証を得ることができず、かえって、極めて疑わしいものといわざるを得ないのである。

(三) 以上のような控訴人及び被控訴人双方の状況を総合すると、控訴人が、被控訴人に対して、コロムビアとは独立の法人格を主張し、本件債務が本件営業譲渡によって承継されるべき債務とされていないとして、その支払いを拒むことが、いわゆる法人格否認の法理に照らし、信義則上許されないものとすることはできないものと解するのが相当である。

そうすると、被控訴人の控訴人に対する請求は、理由がないものとして棄却すべきである。

四  以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する請求を認容した原判決は、失当であるから、控訴人に関する部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅生重機 裁判官田中壯太 裁判官杉山正士)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例